本館竣工100周年記念
綱町三井倶楽部物語
綱町三井倶楽部物語6

日本のフレンチここに極まる

 綱町三井倶楽部の料理は、レベルの高さにおいて常に最上級の評価を得ている。代々優れた料理長を有し、いつの時代でも、どこに出しても恥ずかしくない"正統派フランス料理"を饗してきた。

 最近では、倶楽部の齋藤雅巳料理部長が、文化庁が主催する「平成22年度食生活文化賞」銀賞を受賞。倶楽部のシェフとしては平成14年度の真田英輔(金賞)、平成16年度の佐々木康人(銀賞)に続く3度目の栄誉で、その質の高さを表している。"正統派フランス料理"のルーツは、フランス料理の名人と謳われた岩堀房吉に遡る。明治21年(1888年)生まれの岩堀は、17歳からフランス料理の名店・中央亭で修業を積んだ後、24歳で満洲へ。その後、ロシア大使として赴任する本野子爵に請われて渡露。そこでロマノフ王朝の宮廷フランス料理に出会い、それを研究して日本に持ち帰った伝説の料理人で、日本におけるフランス料理の第一人者であった。


 小説「天皇の料理番」のモデルとなった秋山徳蔵とはよきライバルで、「官の秋山、民の岩堀」と呼ばれ、日本のフランス料理界の双璧と讃えられた人物でもある。

 縁あって帰国後に三井家の料理人を務めた岩堀は、のちに倶楽部の顧問となり、その知識と技術を後継者に伝えている。

 その一人が料理人として「現代の名工」にも選ばれた名シェフ山越徳玄。山越は米軍に接収されていた綱町別邸が返還をうけ綱町三井倶楽部と改めた時に、初代料理長に就任。同時に顧問となった岩堀とともにフランス料理の神髄を極めて行った。それは、先に紹介した真田、佐々木、齋藤へ、そしてまた次代の料理人たちへと脈々と受け継がれているのである。

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